背丈が低いので、良く小学生に間違えられる。成績悪く、スポーツ苦手。眼鏡を掛けているが、これは遺伝性の近眼のせいで、別にガリ勉をして目を悪くした訳では無い。
人は良いがオッチョコチョイで、いつも失敗ばかりしている。風☆慎吾とチェ★カーズの熱烈なファンで、いつか自分もカッコ良いアイドル歌手になってみせるぞと張り切っているが、あのルックスにあのスタイル、オマケに音楽の時間に皆が耳を塞ぐ超オンチな歌と来ているから、アイドル歌手への道はかなり絶望的だと思われる。それでも本人はやる気満々なのだから、自意識過剰と言うか身の程知らずと言うか…。
これと言って何の取り柄も無い学だが、そんな彼にも憧れの人がいた。同級生の大橋ユカリと言う、美人で成績優秀なクラスのアイドルの少女である。ちょうど明日はユカリの誕生日。そこで奥手も何か彼女にプレゼントしようと、部屋にこもってユカリに贈るプレゼントの制作に熱中していた。手作りの品の方が心がこもっていて良いと思ったのか、
それとも単に金欠病だったのか？
「学ー、ご飯ですよー。早く出て来なさい」
学の母が部屋のドアをノックしたが返事が無い。不振に思った母がドアを開けると…。
「ぎゃあああああああああっっっっ☆★☆★！！！！」
母の目の前に巨大かつ異様な風貌の顔があった。こんな物をいきなり見れば、例え学の母親で無くとも腰を抜かすであろう。
「何だよ、母ちゃん。オレが描いた風見★吾の絵を見て、そんなに驚く事ないだろ」
どうも学は、自分の描いた絵をユカリの誕生日のプレゼントにするつもりらしい。学本人にしてみれば自信作なのであろうが、この画力では描かれた相手やそのファンの人々に失礼である。
「だははははは…！！さすが親子だ！！その神に見放された画力なんか、母ちゃん譲りじゃねえか！！」
騒ぎを聞き付けて部屋を覗きに来た父が、学の絵を見てゲラゲラ笑った。
「まあーーーーっっ！！失礼な！！学はどちらかと言うと、私よりあなたの血の方を多く受け継いでいます！！
この顔の悪さと言い、頭の悪さと言い…」
「なっ、何だと！？学はお前の子供の頃そのものだろーが！！近眼な上に、運動オンチでオッチョコチョイで…」
「オッチョコチョイはお互い様です！！」
「何ーーーーっっ！！やる気か！？」
「きぃーーーーーーーーーっっ！！」
たちまち、物のぶっつけ合いの大喧嘩になってしまった(と言っても、いつも勝つのは学ぶの母だが…)。そのケンカの巻き添えで、可哀想に…せっかく学ぶが描いた絵は、絵の具と水を被ってひどい有り様になった。
学は慌ててその場を退散した。
「ふーーーーっっ。この分だと、嵐が止むのも時間が掛かりそうだな…。凝った絵はやめにして、描き慣れた絵をプレゼントする事にしよう…」
翌日、学の担任は朝っぱらから御冠であった。
「奥手。宿題やって来なかった理由に、昨日宇宙人の襲撃にあったなどと言う見え透いた言い訳を考えておるなら、
今日は一日中廊下に立たせるぞ」
「とんでもない、そんなヘタな言い訳はしませんよ。ただ……」
「ただ？」
「昨日は夜遅くまで、家の中が大嵐だったのは事実です……」
学ぶがそう言った途端、教室中の生徒が大爆笑した。
「奥手！！今日一日中廊下で立っとれ！！」
『チクショーーーッッ、分らず屋の先公だ…』
教室から出て行く際、学は大橋ユカリと目が合った。
ユカリがにっこり微笑んだので、学も極まり悪そうな照れ笑いを浮かべ教室を出た。
「やーい！奥手のバカが、また立たされてやんの！！」
学が廊下に出た途端、学の通っている中学校の向かいにある小学校の教室の窓から声がした。
声の主は、橋場秀吉。小学４年生。とにかくクソ生意気な性悪ガキで、年上の学をとことんバカにしている。こ奴が学に対して行った悪行を上げるだけでもキリが無い。通り道にロープ張って転ばせるは、頭の上に爆竹を投げ付けるは、泥水はぶっ掛けるは、オマケにその際、魚拓ならぬ学の顔拓を取り、コピーを取って学校中にばら撒くは、
落花狼藉、とんでもねえ奴である。
「うるせえぞ、悪ガキ！！ガキは真面目に勉強してろ！！」
「へーん！こちとら、先公怒らせて立たされてるような奴に、偉そーに言われる筋合いはねえや！！」
「にゃにを〜〜〜〜〜っっ！！文句あっか！？」
「こらーーーーっっ！！奥手！！立たされている時は静かにせんか！！」
またまた、学は担任から大目玉を食らった。向かいの窓からは、秀吉があざ笑っていた。
「くそ〜〜〜〜！悪ガキめ、今に見てろ･･･」
その日の放課後、学は急いで下駄箱の前に来ると、ユカリの下駄箱の中に手紙を入れた。
「おーい、学ー。そんなに急いでどうしたんだよー」
学の後を、同級生の田原久太郎と小山田正太が追って来た。
２人とも学ほどでは無いが成績は良くなく、腕力も無い。取り得は気の良いところだけ。
そんなところが学と馬が合うのかもしれない。
「あ、お前ら先に帰ってくれよ。オレ、ちょっと用があるから」
学は２人に別れを告げると、音楽室へと階段を駆け上って行った。
「ユカリちゃん、下駄箱の手紙読んで、ここに来てくれると良いが･･･そしたら、オレからの心からのプレゼントを･･･」
そう言いながら、学がカバンの中から例のユカリの誕生祝いの絵を取り出していると･･･。
「よー！奥手！こんなところで何しとるんだ？」
ガガーーーーン！！
仏滅のような面相のその男は３年生の京 悪太郎、通称・キョーアク番長！
この中学校に番を張っている学校内の嫌われ者。その性いたって凶暴で、学もしょっちゅうイジメに遭っている。
何にしても、学が最も苦手とする相手である。
「な、何でも無いよ･･･そ、それより、番長こそこんなところで何してるのさ」
「おー、今日は天気が良いし、音楽室は日が差し込んで暖ったけえから、ここで昼寝させてもらおうかなーって思ってよ」
「えーーーー！！」
「何だ？どうかしたのか？」
「い、いえいえ！(参ったなあ･･･こんなところにユカリちゃんが来たら大変だ･･･)あ、あのー･･･番長トイレ行きたく無い？」
「トイレ？行きたくねえぞ。さっきトイレで大も小も済ませてきたところだからな」
「げ･･･で、でも、念には念を入れて、もう１回行ってきたら･･･？」
「ぬぁぬぃぃぃ〜〜〜〜！？貴様ぁ〜〜、出たくもないオシッコを無理矢理に搾り出すと、どんなに気持ちが悪いか分ってて言うのか〜〜〜〜！？」
「いっ、いやっ、そんなんじゃ･･････ひっ、ひゃあ〜〜〜〜っっ！！」
凄む番長の凶悪な面構えに、学はビビって逃げ出した。校庭まで逃げて、鉄棒の前でやっと一息ついた。
「はあ〜〜〜〜･･･思わぬところに、とんでも無い奴が入ってきたぞ。これじゃあ、ユカリちゃんに別の場所で誕生祝いを渡すしか無いな･･･下駄箱の手紙は捨てちゃおう」
学はユカリの下駄箱の前に行き扉を開けたが、すでに中はもぬけの殻！
「しまった！！ユカリちゃんは、音楽室に行った後か！！」
学が慌てて音楽室に引き返すと、思った通りの最悪の事態･･･！！ユカリがキョーアクに言い寄られていた。
「ユカリちゃ〜ん。こんな所で出会えるなんて、ラッキーだねえ♪一体、何しに来た訳？」
「わ、私は奥手くんに呼び出しの手紙を貰ったから来ただけよ･･･」
「かー！奥手の奴、それでオレを追い出そうとしてたのか。ユカリちゃんを手紙で誘うなんて生意気な･･･！！
でも、ユカリちゃ〜ん。奥手なんかよりもオレとデートした方が良いぜ。何と言っても、オレは学校でも最強のイイ男だもんね〜♪」
可哀想に、ユカリは明らかに困惑している。学は助けに行こうとしたが、怖くて足が前に出ない。でも、こうしている間にも番長はユカリを無理矢理に引っ張って行こうとしている。
『怖いな〜･･･あいつと勝負しても負けるのは確実だもんな･･･行ったら殺されるだけだ･･･こ、ここはもう逃げるしか無いかも･･･』
学が悩んでいるうちに、番長はユカリの手を引いて音楽室を出ようと扉の前に近付いてきた。
『い、いや！！ユカリちゃんはオレのせいでひどい目に遭ってるんだ･･･どうあっても助けなきゃならん･･･！！』
番長が音楽室の扉を開けると、学はその前に立ちはだかった。
「待て！！キョーアク番長！！ユカリちゃんを放せ！！」
「何だ、奥手。オレと勝負しようってのか？」
「そうだ！！今までやってきたお前の悪事の数々、もう堪忍袋の鼻緒が切れたぞ！！決闘だ！！校舎の裏の空き地に来い！！」
「面白え、コテンパンにしてやるぜ(それにしても『堪忍袋の鼻緒』って何だ？)」
「(ああ、神様ヘルプ！！こんな事言っちゃったけど、オレ自信無いなあ･･･いや！ユカリちゃんの為にも、オレはやらねばならんのだ！！)」
鳴呼･･･この先、どうなる事やら･･･。
中学校の裏手にある空き地は、何やらいつも以上に荒涼としていた。今ここに奥手学とキョーアク番長の、大橋ユカリを賭けた世紀の大決闘が始まろうとしていた。
「ふっふっふっふ･･･やい、奥手。もしお前がオレに勝てたら、ユカリちゃんからは手を引いてやる。だが、もしオレに負けたら、ユカリちゃんはオレのものだ。良いな？」
「うっ･･･うううううっっ(ブルブル)･･･い、良いとも･･･！お、お前なんかに絶対負けないからな･･･！」
「粋がってる割には、相当ビビってるじゃねえか。お前、オシッコちびってるんじゃ無かろうな？」
「う〜〜〜〜っ！！言わせておけば･･･勝負だ！！」
学は果敢にも番長に飛び掛って行った！カッコ良い！！･･･が！
ポカーーーーン！！
番長のパンチで、あっさりスッ飛ばされた。
「奥手くん！！」
ユカリは思わず叫んでしまったが、学は倒れたまま起き上がる気配が無い。
「ぬはははは！！口ほどにも無い！！さあ〜、可愛いユカリちゃ〜ん♪オレとデートしようねー♪」
番長がユカリを連れて行こうとすると、学が顔を上げて叫んだ。
「ま、待て！！勝負はまだついてないぞ！！」
「くわぁ〜〜〜〜っ！！しぶとい野郎だ！！」
そこへ、例の小悪ガキ生・橋場秀吉が通りかかった。
「ルンルンルン♪オレが、オレが正義だ〜♪･･･あれ？ありゃ、奥手じゃねえか。何やってんだ？」
ボカッ！！ベキッ！！バキッ！！
哀れ、果敢に戦いを挑んだものの、キョーアク番長の腕力の前に非力な学は一方的に暴力の連続攻撃を受けた。
「がはははは！！どうだ、もう立ち上がる気力もねえだろう？」
ボロボロになって倒れている学の前で、番長は勝ち誇って高笑いした。ちょうどそこへ、正太と久太郎も通り掛った。
「おい、久太郎！ありゃ、学じゃないか！？」
「何番長を怒らせるような事したんだろ･･･？」
「そんな事言ってる場合じゃ無い、早く助けなくちゃ･･･」
「お前、先に行けよ･･･」
「お前こそ、先に行けよ･･･」
学を助けたくても、２人とも怖気づいて足が前に出ない。そうしているうちに、番長は再びユカリに近付いて行こうとした。が、その足にボロボロの学がしがみ付いた。
「や、やめろ･･･ユカリちゃんに近付くな･･･」
「何だ、この野郎ぉ〜〜〜〜っ！！まだ、ぶん殴られてえのか〜〜〜〜っ！！」
「オ、オレの、呼び出しの手紙の為に、ユ、ユカリちゃんは、お前に捕まったんだ･･･オ、オレのせいで、ユカリちゃんに迷惑を掛けない為にも･･･オレは･･･絶対に負けられないんだ！！」
「奥手くん･･･」
「かーーーーっ！！キザな事抜かしてんじゃねえ！！」
番長は足を振り上げ、しがみ付いている学を蹴り上げた。
事情を知った秀吉・正太・久太郎の３人は、その様子を見ながら感慨深げな表情になった。
「奥手･･･見直したぜ！オレ、こういうのに弱いんだよな･･･
オレは今、モーレツに感動してるぜ！！」
言うが早いか、秀吉は番長に向かって走り出し、そのデカい尻に蹴りを見舞った。
バコッ！！
「ふんぎゃあ〜〜〜〜っ！！」
尻のどこかに傷でもあったのだろうか、蹴りを食らった番長は痛さのあまり宙へ飛び上がり、その後も痛がって飛び跳ねていた。
「秀吉･･･助けに来てくれたのか･･･？」
「へへへ、好きな女の子の為に体張って頑張るアンタの度胸と根性に惚れ直したのさ！」
「くぉぬぉクソガキィ〜〜〜〜っ！！
よくも、オレのケツのオデキを潰してくれたな〜〜〜〜っ！！」
キョーアク番長は凶悪な面構えを更に凶悪にして、学と秀吉に迫ってきた。
「オレ達も助けに行こう！！」
「OK！！」
秀吉の勇気に促され、正太と久太郎も加勢に入った。
「番長！弱い者いじめはやめろ！！」
「何をちょこざいな！！」
今ここに、学・正太・久太郎・秀吉VSキョーアク番長のバトルロイヤルが始まった。皆の加勢のお陰で番長は大分ボロボロになったが、何しろ加勢に入ったのは腕力の無い２人と小学生１人。こちらの方も、番長にかなりボロボロにされた。
「いけない･･･私も何かしなくちゃ･･･」
意を決したユカリは果敢にも飛び出して行き、番長の延髄に蹴りを見舞った。
バキッ！！
幸か(皆にとって)不幸か(番長にとって)、ユカリの蹴りが一発で決まったらしく、番長はその場にのびてしまった。
学は加勢してくれた一同に礼を言った。
「みんな、ありがとう･･･」
「良いんだよ、学。お前が、みんなを動かしてくれたのさ」
「それにしても、キョーアク番長も果報者だなあ。憧れのユカリちゃんに止めを刺して貰えるなんて」
「ホント凄かったぜ、姉ちゃん。このゴリラを蹴り１発で倒すなんてよー。親に内緒でジムか何かに通ってるんじゃねーの？」
「そんな事してないわよ、失礼ね！！」
秀吉の言葉にユカリは真っ赤な顔で恥かしそうに叫んだ。学達３人もデリカシーの無い秀吉を睨み付けていたが、内心では秀吉の言った事が真実で無い事を祈っていた･･･(おいおい)。
ユカリは学に向き直り、これまた恥かしそうな顔をしながらこう言った。
「奥手くん。今日のあなたは、私が今まで見てきたあなたの中で一番素敵だったわ･･･ありがとう」
チュッ！！
「！！！！！！！！！」
ユカリの唐突なキスに一同はビックリだが、学はもっとビックリ！！
突然の事に心の準備の無かった学は、照れ臭さのあまり顔が真っ赤になり、意識は朦朧、前後不覚に陥り千鳥足でフラフラと辺りをさまよった。
「お、おい、大丈夫か？学！！」
「二日酔いか？酒も飲まねえで器用な奴だぜ！！」
心配しているのか、けなしてるのか分らない秀吉の言葉に学は正気付き、何とか気持ちを正常な状態にしようと気を付けた。
「ところで、奥手くん。手紙に書いてあった、私に渡したい物って一体何なの？」
「そうだ！その事があったんだ！ユカリちゃん、今日はキミの誕生日だろ？だから、そのお祝いのプレゼントがしたくて呼び出したんだけど･･････ゴメン･･･その為に、変な事に巻き込んじゃって･･･」
「良いのよ。あなたの気持ち、とても嬉しいわ。それじゃ、早速受け取らせて頂くわ」
「誕生日おめでとう！」
「ありがとう」
学が鞄からプレゼントの絵を取り出す側で、正太達が拍手を送った。
「よー！色男！」
「見掛けに寄らず大胆だねえ！」
「うるせえよ･･･！」
学が照れ笑いしながら絵を差し出すとユカリは嬉しそうにそれを受け取った･･････と、そこまでは良かったのだが！！
「ちょっと･･･これ誰の顔！？」
「誰って、キミの顔だけど･･･」
「いくら何でも、こんなひどい顔に描く事無いでしょ！！これじゃあ、ありがたみも何も無いじゃないの！！」
「その言い方はひどいなあ！これでも心を込めて描いたんだぜ！」
「心を込めて描くんなら自分の顔を描きなさい！！それならガマンできるから！！」
「ますますもって、ひどい言い方だなあ！！」
２人の遣り取りを傍で聞きながら、正太・久太郎・秀吉は苦笑いしていた。
「あーあ、せっかく良いムードになってたのに、これじゃブチ壊しだねえ」
「それにしてもユカリちゃんって、意外と意外なんだなあ･･･」
「良いじゃん。お２人さん、それだけお互いの気持ちをぶつけあえるぐらい親密な関係になれたって事じゃないか。今回の件で、ユカリちゃんは学の一番素敵な姿を拝む事ができたんだから、それが今日の誕生日の最高のプレゼントだと思えば良いさ」
「それも、そうだな･･･」
ケンカするほど仲が良いもの。
爽やかな晴れ空の下、楽しそうに口ゲンカを続ける学とユカリを温かく見つめる３人でありました。
(完)
奥手学の解説
中学２年生。勉強もスポーツも苦手、オマケにオッチョコチョイという典型的な「ダメ男」。背の低さと遺伝性の近眼が少々コンプレックスだが、いつかはそれを克服するだけの力量を手に入れてみせるぞと意気込んでいる(カッコ良いアイドル歌手は候補の１つ)。結構、自己主張は強いのかもしれない(笑)。