昼時間に校舎の脇で数人の女子生徒が談笑していたが、丁度その傍を五人の男子生徒が通り過ぎた。学生服の前がはだけ、やや服装が乱れている。ちょっとクセのある集団である。
女子生徒達は、露骨に嫌悪を込めた目で彼らの後ろを見ながら声を潜めて言い合った。
「ねえ、あれ三年A組の不良五人組じゃない？」
「あのケンカっ早いので有名な？」
「ここだけじゃなくて他校生ともよく揉め事を起こすそうじゃないの」
「あんまり近付きたくないわね」
「や−ねえ！！」
「ヘーーーークション！！ピーーーッッ！！」
「どうした、シゲ？風邪でもひいたか？」
「いやあ、急に鼻がムズムズして…。誰かが噂してるな？」
「はははは。気のせいだって」
この五人組、リーダー格の風見秀行を筆頭に、田中俊夫、茂村勇次、中村恭平、山本順一、この中学の中でも札付のトラブルメーカーである。といっても、彼らは決して他人に危害を加えるタイプの不良ではなく、どちらかというと普通より素行が良くないという程度のもの。良い子の型には嵌まってないが、みんな正義感の強い心優しき少年達である。
秀行達が校庭の隅で談笑していると、一人の一年生と思しい生徒が泣きべそをかきながら走ってきた。彼の名は黒田寛八。学生服の前をはだけているので秀行達と同類と思われるが、学生服を着ていなければ小学生に見えるくらい背が低く、ウサギのように飛び出た前歯が特徴的である。
「兄ちゃーん！！風見の兄ちゃーーーん！！」
「どうした、クロ？」
「クラスの奴らがバカにしやがるんだ！オレや兄ちゃん達の事を知りもしないくせに、お前らは不良だからどうせ外でもロクな事やってないだろって…」
「何！？そんな事を言う奴がいるのか！？」
「オレ、悔しくて悔しくて…オレ達、人様に何も悪い事なんかしてないのに…」
「…気にするな、クロ。確かにオレ達は成績悪いし先公には睨まれてる。でも、みんな良い奴だってオレは心から思ってるぜ」
寛八を慰める秀行の言葉に恭平と順一も続けて言った。
「その通りさ、他人には解からないだろうけど、オレ達にはオレ達なりの生き方があるんだ」
「これからも、お互い頑張ろうぜ」
先輩達の励ましの言葉に、寛八は涙を吹いて頷いた。すると、そこへ突然チャイムが鳴り響いた。
「いけねえ！！こうしてる間に五時間目のチャイムだぜ！！」
「教室へレッツゴーだぜ！！」
秀行達は全速力で走ったが、何しろ広い校庭の隅まで来ていたので校舎に入る前にチャイムが鳴り終わってしまった。と、同時に秀行達のクラスの教室の窓から厳つい男の担任教師・藤田が顔を出した。
「こらぁ〜〜〜〜〜！！風見〜〜〜〜〜！！」
ここは三年A組の教室の前。担任教師・藤田に秀行達五人と寛八が揃って廊下へ立たされていた。
「お前達！！一体、何度授業に遅れたら気が済むんだ！！」
「てめえの来るのが早過ぎるんだよ…」
「ん！？何か言ったか！？」
「いえ、こっちの事で…」
「…風見、お前何か酒臭いな？」
「あ、いや、ちょっと昼休みに一杯…」
「それから田中、お前は何かヤニ臭いぞ」
「はあ、オレも昼休みに一服…」
「くーーーーっっ！！貴様ら、人が下出に出てれば付け上がりおって！！よーし！！そのまま放課後まで廊下に立っとれ！！」
「藤田先生。それでは黒田は私の教室へ連れて行きますので」
「ああ、どうぞ」
「兄ちゃん達、バイバーイ♪」
寛八は自分のクラスの担任に連れられて去って行ったが、その一部始終を三年A組の教室の戸口から見ていた一人の女子生徒がいた。見たところ転校生らしいが、秀行を見て驚いた顔をしたところを見ると、どうも秀行を知っているらしい。
「いや、済まない。待たせて悪かったね、郷田くん」
教師藤田は教室に入ると、クラスの生徒に女子生徒の紹介をした。
「みんな、紹介しよう。今日からこのクラスに転校して来た郷田明日子くんだ」
その日の放課後、秀行達と寛八は学校の中庭に集まっていた。
「あー、足が棒になったぜ…」
「はははは…力自慢のシゲもこいつはさすがに堪えるようだな」
「オレはじっとしてるのは苦手なんだよ」
「クロ、お前は大丈夫か？」
「うん！あの先生、結構優しいから許して貰えた」
「良いよなあ、話の解かる先生が担任で…」
恭平が羨ましそうに言ったが、そこへ例の転校生・郷田明日子が彼らの側に近寄って来て、秀行に声を掛けた。
「あのー…」
「あん？」
「あの、ちょっと…」
「おいおい、オレはじれったいのは大嫌いなんだ。言いたい事があるならハッキリ言ってくれよ」
「わ、私…あなたの事が好き！！」
「ふーん…て…なっ、ナニ！！？？」
「忘れたの？ほら、私あの時あなたに助けて貰った郷田明日子よ」
「郷田明日子？…ああっ！あの時の…」
一ヶ月程前、秀行は街中で不良に絡まれていた一人の少女を助けた事があった。その時の少女が郷田明日子だったらしい。明日子はその時以来、秀行に再び会える日を待ち望んでいたが、偶然にも転校先の学校が秀行の通っている学校だった。
「私、あなたに会ったら告白しようと、ずーっと心に決めてたの。これからも付き合って貰える？良いでしょ？」
「え？あ、その…」
「良いのね？それじゃあ、これからもよろしくね♪」
「あっ、ちょ、ちょっと…！！」
呼び止めようとする秀行を尻目に、明日子はその場を立ち去った。
「参ったなあ…。まさか、あの子が転校して来るなんて…」
「良いじゃねえか、ヒデ。あの子と付き合っちゃえよ。こんな良い機会は滅多にないぜ」
下校時の道のりで困ったように呟く秀行に対し、チャンスだと言わんばかりに俊夫が言ったが、秀行の答えは快いものでは無かった。
「トシ、それは悪い冗談だぞ。確かにオレだって、あんな可愛い子に好かれてると思うとハッピーだぜ。なんたってオレ好みだし…って、いや、そりゃこっちの事で、とにかく彼女がオレに関る事は危険なんだ。何と言っても、オレには敵が多い。校内にも他校にも…。そんな連中が、もし彼女に危害を加えるような事にでもなったら…」
「そうか…そういう問題もあるな…」
「オレ…明日、あの子にきっぱり交際を断わるよ」
「惜しいなあ…」
そんな彼らの話を塀の影で盗み聞きしている者がいた。何やら良くない事が起きそうである。
家に戻った秀行は二階の自室でくつろいでいたが、その時一階から母親の呼ぶ声がした。
「秀行ー、あんたに電話よー」
秀行が受話器を取ると、聞き覚えのある嫌な声が聞こえてきた。秀行の宿敵の一人、那仁樫中学校の番長である。
「久し振りだな、風見」
「何だ、誰かと思ったら…。一体オレに何の用だ？」
「お前の女は預かってるぜ」
「何！？何の事だ！？」
「とぼけてもダメだぜ。オレの子分がお前らが女の話をしてるのを聞いてな。そこで、お前のクラスの奴から女の名前と電話番号を聞きだして女を呼び出したんだ。お前が待ってるから、ちょっと顔貸せって言ったら喜んでついて着やがったぞ」
「おい、待ってくれ！！彼女は関係無い！！すぐ家に帰してやってくれ！！」
「帰してやっても良いぜ。お前がオレ達の決闘に応じさえすればな…」
「相変わらず卑怯な野郎だ…。よーし！その決闘受けてやろうじゃねえか！！」
「ふっふっふっふ…そう来るだろうと思ったぜ。よし、それなら六時にオレの学校の裏の空き地に必ず来い！良いな！！」
それだけ言うと、那仁樫中の番長は電話を切った。
「あの番長の事だ、子分達をけし掛けても敵わない時は明日子を盾にするに違いない。オレに勝ち目は無いかも…いや、それでも良い！明日子を助ける為ならオレはどうなっても…！！」
秀行は意を決して、決闘場所へ赴いた。すると、その途中でクラスメートの二人の女子生徒が慌てて秀行に向かって走り寄って来た。
「風見くん、大変よ！クロちゃんが野村に襲われてるの！！」
「早く助けてあげて！！」
「何っ！？」
その頃、秀行達の通っている学校の近くの空き地では、秀行のクラスメートにして宿敵の一人である野村が寛八と睨み合っていた。
「へっへっへっへ…やい、クロ！今まで風見に負かされてきた恨みは弟分のお前で晴らさせて頂くぜ！！ボロボロになったお前を見れば、風見の野郎も少しは後悔して大人しくなるだろうからな！！」
野村は腰のベルトを外して、鞭のように振り回しながら寛八に迫って来た。
「てやんでえ！！貴様にやられるオレ様じゃねえ！！」
寛八が言った途端にベルトが飛んで来た。寛八は素早い動きでそれを避けていたが、石に躓き転んでしまった。その小さな体に、野村のベルトが容赦なく叩き付けられた。
「ぎゃあ〜〜〜〜〜〜〜！！！！」
「思い知ったか、チビクロ！！これから二度と生意気な口を利けなくしてやるぜ！！」
「風見くん、どうしたの？」
「早く助けないと、クロちゃんは野村にどんな酷い目に合わされるか…」
秀行は迷った。
(今クロを助けに行けば、決闘の時間に間に合わん。そうなったら明日子は…！！くそーーーっ！！どっちを選べと言うんだ！！)
そこへ、俊夫達四人が偶然通り掛かった。
「どうした？ヒデ」
「田中くん達、大変よ！学校の近くの空き地でクロちゃんが野村に襲われてるの！」
「何だって！？」
「ヒデ！！何で助けに行かないんだ！？」
「…トシ、実は明日子が那仁樫中の番長に人質に取られてるんだ」
「えっ！？」
「それでオレは奴との決闘に応じたんだが、クロを助けに行って決闘の時間に遅れたら、明日子は…」
「よし、わかった！クロの事はオレ達に任せて、お前は早く決闘に行け！！」
「済まない、みんな！！」
「シゲ！キョウヘイ！ジュン！行くぞ！！」
「おうっ！！」
空き地では寛八がボロボロになって倒れていた。もう立ち上がる気力も無さそうである。
「ふっふっふっふ…因幡の白兎成らぬ黒兎だな。一気に止めをさしてやるぜ」
「待て！！お前の相手はオレ達がするぜ！！」
あわや絶体絶命の寛八だったが、今まさに止めが刺されようという時、俊夫達が颯爽と駆け付けた。まず恭平が野村を挑発した。
「やーい！こっちだヨ〜ン♪」
「くそーっっ！！バカにしやがって！！」
恭平が野村のベルトを素早く避けていると、勇次が野村を後ろから羽交い絞めにし、そこへ空かさず俊夫のパンチが野村の顔面を直撃した。
「クロ、大丈夫か？」
「ありがとう…」
順一は寛八を起き上がらせると、自分も戦列に加わった。
「こら、お前達！！たった一人の敵に四人掛かりとは卑怯だぞ〜〜〜〜〜っっ！！」
泣き言を言う野村に、恭平が言い返した。
「だまれ！！デカい図体をして自分より小さい奴を平気で痛めつける野郎に言われる筋合いは無い！！」
秀行が決闘場所の空き地にたどり着くと、そこには那仁樫中の不良一味が集まっていた。明日子が番長に羽交い絞めにされている。
「よく来たな、風見。度胸だけは褒めてやるぜ。野郎ども、掛かれ！！」
「おーーーーっっ！！」
番長の手下どもが秀行に襲い掛かってきたが、所詮は百戦錬磨の秀行の敵では無く、次から次にバッタバッタと打ち倒されていった。
「動くな、風見！！女がどうなっても良いのか！？」
予想通り、番長は明日子の顔にナイフを突き付けて脅しを掛けてきた。危うし、秀行！！この場をどう切り抜ける！？
「ははははは……手も足も出んようだな！野郎ども、遠慮はいらん、一気に畳んでしまえ！！」
と、その時、番長の思い掛けない展開が待っていた。羽交い絞めにされていた明日子が、ナイフを持った番長の手に噛み付いたのである。
「あいたっっ！！」
番長の手が離れると、明日子は番長を振り払い一目散に逃げた。
「あっ！待て！！」
だが、既に遅く、その一瞬の隙を突いた秀行の必殺のパンチが番長の横面に炸裂した…！！
「やべえ！！番長がやられたぞ！！」
「逃げろ！！」
那仁樫中の不良どもは番長がKOされるのを見るや否や、情けなくも退散して行った。危険が去ったのを見届けると、明日子は秀行の側に駆け寄った。
「風見くん！！」
「明日子、大丈夫だったか？」
するとそこへ、野村をKOした俊夫達も駆け付けて来た｡
「ヒデーーーッ！！無事かーーーっ！？」
「おおっっ！！すげえ！！敵さん、見事にブチ倒されてるぜ！！」
「これも明日子のお陰さ。ありがとう、明日子。お前にあんな勇気があるとは思わなかったぜ」
「これで、私を自分の彼女と認めてくれる？」
「…認めよう！お前にゃ負けたよ」
「いよぉーーーーーっっ！！ご両人！！」
周りで俊夫達が揃って手を叩いた。
「さあ！帰ろうか！！」
「おうっ！！」
帰路に付く秀行達の頭上では、彼らを祝福するかのように星々が瞬いていた。
世間知らずのお嬢様、郷田明日子にはこれから苦労させられそうだが、何があっても彼女を守ってやりたいと思う秀行だった。
(完)
キャラクター紹介
風見秀行。中学三年生。不良五人組のリーダー格。正義感は強いが型に嵌まった生き方を嫌う。勉強はあまり好きではなく、どちらかというと外で体を鍛えている方が好きである。通称・ヒデ。
田中俊夫。中学三年生。サブ・リーダー格で風見とは良き親友同士。通称・トシ。
茂村勇次。中学三年生。五人の中で一番の力持ち。呑気な性格。通称・シゲ。
中村恭平。中学三年生。五人の中で一番すばしっこい。お調子者。通称・キョウヘイ。
山本順一。中学三年生。少女のような顔立ちだが、気は強い。他者の面倒見が良い。通称・ジュン。
黒田寛八。中学一年生。風見達の弟分。小柄だが動きが素早く、戦いにおいても引けを取らない。やや、甘えん坊。通称・クロ。
郷田明日子。中学三年生。風見を慕う美少女。お嬢様育ちで世間知らずなところがあるが、結構気は強い。
