そこには年の頃10歳位、ちょっと見たところ少女と間違えそうな整った顔立ちで、それでいて強気な感じの美少年が、不良中学生と思しい三人組みと睨み合っていた。何やらただならぬ雰囲気である。ちょっと様子を見てみよう。
「おい、悪たれ！！この前は、よくもオレに恥をかかせてくれたな！！この礼はたっぷりさせてもらうぜ！！」
「はっ！懲りない番長さんだなあ。やめといた方が良いんじゃねえか？また痛い目にあっても知らねえぜ」
この美少年、可愛らしい見掛けに寄らず、態度が不敵である。ただ者では無い。そのナマイキな態度に、番長の脇に控えていた二人の子分が騒ぎ立てた。
「やいガキ！学者の孫だからって、好い気になってんじゃねえぞ！！」
「そうだ！そうだ！その通りだ！！番長が本気になるとコワイんだぞ！！謝るんなら今の内だぞ！！」
「バカ言ってんじゃねえよ！！売られたケンカを買わずに逃げるなんて男じゃねえ！！とことん相手になってやるから掛かって来な！！」
「よーし、良い覚悟じゃねえか……行くぞ！！」
言うが早いか、不良番長は美少年にパンチを繰り出して来た！！なんと驚く事に、美少年は素早い動きで番長の繰り出すパンチを全てかわした。
「だぁ〜〜〜っっ！！うぉりゃあ〜〜〜っっ！！でやぁ〜〜〜っっ！！」
「疲れるばっかりだな。もう終わりにしようや」
美少年はそう言うと、番長のアゴ目掛けて強烈な蹴りを見舞った！！
バキッッ！！
蹴りを喰らった不良番長はだらしなく悶絶した。
「このガキ！よくも番長を…！！」
二人の子分が飛び掛って来たが、所詮美少年の相手では無かった。後ろ回し蹴りで、あえ無く一掃された…。
「バッカもぉ〜〜〜〜〜〜ん！！芥川童馬！！一体お前は何度他校生と揉め事を起こせば気が済むんだ！！しかも相手は中学生や高校生…。ワシャ、また相手側の校長やご両親に謝罪せにゃならん、トホホ…」
不良番長と対決した翌朝、美少年・芥川童馬は担任教師・太宰治虫に廊下で叱咤されていた。 かなり度のきつそうなメガネを掛けた、いかにも口うるさそうな教師である。
「気にしなさんなって、先生。どうせ悪いのは相手の方なんだぜ。なんでこっちが謝らにゃならんのさ」
「バカもん！！たとえケンカを仕掛けられても、こっちから手を出しちゃいかーーん！！」
「要するに面倒を起こしたく無いんだろ？そういうのを事なかれ主義って言うんだぜ。教師がそんなだと、悪い連中をつけ上がらせるだけだと思うがなあ…」
「えーーい！！自分が悪いくせに説教すなっっ！！今日は授業に出なくて良い！！そのまま一日中廊下で立っとれ！！」
ムカァッ…！！童馬はあからさまに不満を顔に表した。そこへ一人の若い女教師が通り掛かった。見たところ家庭科の先生のようである。
「太宰先生、どうなさいましたの？」
「あ、与謝野先生…」
彼女、与謝野秋子は教師太宰が想いを寄せている憧れの女性である。
「い、いえ、私はただ、この悪たれ生徒に物の良し悪しを教えているのでありまして…。こ奴、学業成績は良いのですが、素行が悪くて…」
「太宰先生、芥川くんの素行が良くないのは、きっとご両親が海外へ働きに出てらっしゃるせいだと思います。悪意からでは無く寂しいんですわ。もう少し大きな目で見て上げて下さい」
「は、はあ…。しかし…」
「へっへっへ…。太宰先生、アンタ与謝野先生には全く頭が上がらんようだね」
「だっ、だまれっっ！！この悪たれ小僧！！」
教師太宰は、童馬の頭上に拳を振り上げた。
「太宰先生！！暴力はいけませんわ！！」
与謝野先生の一言に、太宰は慌てて拳を下ろした。これを鶴の一声と言う。
「芥川くん、あまり太宰先生を困らせちゃダメよ。それじゃ、私はこれで…」
「与謝野先生…。いつ見ても、良いなあ…」
去って行く与謝野先生の後姿をウットリ見つめる太宰を、童馬は不愉快に思った。
(このドスケ先公、いい年こいて鼻の下伸ばしてるんじゃねえよ！！)
思うが早いか、童馬は太宰の尻に一発蹴りを見舞った。
「どわっっ！！」
太宰は前のめりに倒れそうになり、思わず与謝野先生に抱き付いたが、それでも体勢を保てず彼女の服を掴んだままぶっ倒れた。
ビリビリビリ…！！哀れ、与謝野先生は割烹着だけで無く下のドレスまで破られ、あっという間にピンクの下着姿になった！！
「きゃあ〜〜〜〜〜っっ☆☆☆！！！太宰先生、何なさるんです！！」
「あっ、いやっ、そのっ…」
その騒ぎに、太宰のクラスの生徒達はモチロン、他のクラスの担任や生徒まで廊下に顔を覗かせた。
「なんだなんだ？」
「まあ！太宰先生ったらエッチねえ！！」
「与謝野先生、色っぽ〜い♪」
「もう、イヤッ！！」
「コラ！！見るな！！見世物じゃない！！」
真っ赤になって恥かしがっている与謝野先生を、太宰は慌てふためきながら破れた割烹着で隠した。
「こいつぁ、やべえ…」
オレ知ーらないとばかりに、童馬はその場を去った。
１時間目の終わりのチャイムが鳴り、休み時間になった。童馬は授業に出ないまま､中庭のベンチに寝そべって物思いに耽っていたが、そこへクラスメートの宮沢ケンジがやって来た。これと言った才能も無く、学業成績も飛び抜けて良いという訳では無いが、真面目で従順なのでクラスでも結構人気があり、教師太宰からも気に入られている。
「こんなところにいたのか、芥川くん。太宰先生がカンカンになってキミの事探してたよ」
「…確かにあの分じゃ、ただで済みそうにねえな…」
「芥川くん、悪い事は言わない。ボクは友達としてキミに自首する事を勧める。速やかに太宰先生の前に出頭したまえ」
「何だ？オレは指名手配中の犯人か？」
童馬は思った。こういう先公に忠義立てする奴って大嫌い。大体いつからオレがお前の友達になった…？そうしているうちに、教師太宰の声が校舎の裏から聞こえてきた。
「うーーーーっっ！！芥川め、どこへ行きおった！！」
「…宮沢、ちょっとこれを見ろ」
童馬は自分の腕時計をケンジの目の前にかざした。ケンジの目は途端に虚ろになり、その場に棒立ちになった。
「宮沢、今のお前はマラソンランナーだ！お前はトップを走っている！ゴールは目の前だ！行け！！」
「ワーイ！！みんなの歓声が聞こえてくるー！！」
ケンジは本当のマラソン選手になったように、ラストスパートを掛け走り出した。
「ムムッ！！あの声！！そこにいたか芥川！！」
教師太宰も、校舎の裏から猛スピードでダッシュした。
どっしゃ〜〜〜〜ん☆★☆★！！！
太宰とケンジは正面衝突！！その場にバッタリ倒れて伸びた。
「だはははは…！！さすがジイちゃんの発明は良く効くぜ！！」
そこへ、一人の清楚な感じの美少女が現れた。彼女の名は立原エリカ。芥川童馬のクラスメートで幼馴染み。二人の父親は大学時代からの親友同士である。
「まあ、太宰先生しっかりして下さい。ケンジくんも…」
「ほっとけよ、エリカ。そのまま伸ばして置きゃ、授業がお開きになっていいぜ」
パシッ！！
いきなりエリカの平手が童馬の頬に飛んだ。
「童馬くん、なぜこんな事ばかりするの！？あなたは本当は優しい良い人なのに！！」
その瞳は悲しそうであった…。
「ふーーーーっ！何であの女は、オレという男を理解できないんだろう…」
童馬がため息交じりに自宅・芥川研究所に着くと、玄関で一体のロボットが出迎えた。
「悪タレ、ズイブン早イ、オ帰リダナ」
「何だ、ムツゴロー。お前こそ出迎えが早いじゃねえか。太宰の先公が今日は授業に出なくて良いって言うもんだから早退して来ちゃったぜ」
「ソノ事デ、ジイ様ガ、オマエノ事ヲ、オ待チカネダ。サッサト行ケ」
「ちっ、口の悪い奴だなあ、家事用のロボットの癖に…。オレはお前の主人だぞ」
「オレニ世話シテ貰ッテル癖ニ、エラソウニ言ウナ。オレノ御主人ハ、アクマデモ芥川博士、オマエノ、ジイ様ノ方ダ」
二人、いや一人と一体が言い合いをしながら居間の方に行くと、童馬の祖父・芥川隆之介博士が待っていた。芥川博士は電子工学の権威であり、世界的にも有名で発明品も多い。博士の息子夫婦、すなわち童馬の両親も海外の研究施設で技術者として働いている。
「童馬、先生から電話で聞いたぞ。お前、また学校で揉め事を起こしたそうだな」
「……」
「どういう理由があるにしろ、あまり人様に迷惑を掛けるようなマネはやめておくれ。お前が人の道を外れた人間にでもなってくれたら、それこそお前の父さんや母さんに申し訳が立たんからな」
「ジイちゃん、オレは別に反社会的な生き方をしようって訳じゃないよ。オレはただ型にはまった生き方が嫌いなだけさ。物事すべてに対してヘーコラ頭を下げて従ってるだけが人の生き方じゃないからね」
それだけ言うと、童馬は居間を出て自分の部屋へ行った。
「博士、ビシット言ワナクテモ、良イノカ？」
ムツゴローの問い掛けに、芥川博士は静かに笑いながら言った。
「今の一言でもわかるじゃろ？あの子は自己表現は素直じゃないが、根は良い子じゃよ。ワシはあの子を信じとる」
「デモ、ヤリ過ギナキャ良イガナ…」
その翌日、童馬がこっそり裏門から登校すると、それを見透かしていたかのように教師太宰が待ち構えていた。
「ふっふっふっふ、甘いぞ芥川！こんな事でワシの裏を掻けると思っているのか！？」
「別に掻けると思っちゃいねーよ」
「くわーーーーーっっ！！どこまでもふてぶてしいガキめ！！貴様のような悪ガキはどうしてくれようぞ…！！」
「ちょっと待った！与謝野先生には昨日電話で謝っといたぜ。悪いのは太宰先生じゃなくて、このオレだって」
「何！？それは本当か！？」
「ああ、誓っても良いぜ」
「そうか、そうか、お前にも犯した罪を反省する心があるんだな…」
「あ、先生、顔が汚れてるよ」
「え？ホント！？出かける前に顔を洗ったんだが？」
「ダメだなあ、そんなんじゃ与謝野先生に嫌われるぜ。ほら、オレが顔拭いてやるからメガネ取って」
「そうか、スマンな」
「ついでだから全部拭いとこうね、耳の中も…」
童馬が拭き終わると、太宰の顔は見事に真っ黒！！どうも、ハンカチに靴墨が仕込んであったようである。
「さあ、すっかりきれいになったぜ」
「芥川ありがとう！！これに免じて昨日の事は許してやる、もう行って良いぞ。…ああ、このきれいになった顔で、早速与謝野先生に会いに行かねば」
何も知らずに一人喜ぶ太宰を尻目に、童馬は高笑いしながらその場を後にした。
「へっへっへっ…。悪く思うな先生。アンタには恨みは無いが、からかうと面白いんでな…」
そう言う童馬にも災難が降り掛かった。彼が校舎の角を曲がった途端…。
どっぽぉ〜〜〜〜〜ん！！
そこには新しく池を作るために掘られた穴があった。おまけに誰かがイタズラしたらしく、中はドロ水で満タン。哀れ、童馬は全身真っ黒！！天罰覿面！！自業自得！！
「これって、しっぺ返しか…！？そりゃ無いよ…！！」
(完)
芥川童馬の解説
小学四年生。両親が海外へ共稼ぎに出ている為、祖父・芥川隆之介博士に養われている。成績優秀、スポーツ万能だが性格悪し。自分の気に入らない相手は片っ端からブチのめす(でも根は良い子)。少女のような外観に似合わず、一途な熱血漢で自己主張強し。将来は祖父のような科学者の道を目指して勉強中。